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東京高等裁判所 昭和61年(う)760号 判決 1987年3月18日

本籍・住居

横浜市港南区日野町五七六三番地

無職

清水文平

大正九年一二月一五日生

右の者に対する相続税法違反、詐欺未遂(予備的訴因相続税法違反)、所得税法違反被告事件について、昭和六一年四月一一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

被告人に対する本件公訴事実中、詐欺未遂(予備的訴因相続税法違反)の点については、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人関根幸三、同岡部光平、同関根修一連名の控訴趣意書(以下、弁護人関根幸三他二名連名の控訴趣意という。)及び弁護人久保哲男名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人の控訴趣意について

弁護人関根幸三外二名連名の控訴趣意第一及び弁護人久保哲男名義の控訴趣意第一点のうち、各原判示第三の所得税法違反の事実につき事実誤認をいう点について

所論は、原判決は、原判示第三の所得税法違反の事実につき、被告人と他の共犯者との共謀を認定しているが、1原判決が右認定の証拠とした原審証人青山吉彦の供述は、本件の全責任を被告人にかぶせようと証言しているものであって信用できない、2被告人は、原判示の所得税六〇六一万七七〇〇円のほ脱につきこれを正確に認識しておらず、かつ原判示第三の犯行に具体的に関与した証拠はないから、被告人を正犯者と認定することはできない、したがって、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判示第三の所得税法違反の事実につき、被告人と分離前の原審相被告人青山吉彦、同上田徹、同松崎繁昭との共謀を認めた原判決の認定は正当であって、原判決には所論のような事実誤認はない。所論は、原判決がその責任の全てを被告人に被せようとして供述している原審証人青山吉彦の供述のみを根拠に共謀を認定したとし、右青山の供述は信用できないとして非難するが、原判決は所論のように原審証人青山吉彦の供述のみを根拠に原判示第三の所得税法違反の共謀を認定しているわけではなく、このほか被告人の検察官に対する各供述調書、共犯者である松崎繁昭、上田徹及び青山吉彦の検察官に対する各供述調書等を総合して認定しているのであって、原審証人青山吉彦の供述は、これら被告人及び共犯者らの検察官に対する各供述調書ともおおむね符合し十分信用し得るものと認められるのであって、所論のように信用性がないとはいえない。また、被告人は、青山吉彦が相続税についての脱税報酬等の支払いのため土地を売却することになったことに伴い、右土地譲渡にかかる所得税の脱税工作についても、青山吉彦と相談のうえ、松崎、上田らの大阪の脱税請負グループに依頼したのであり、右青山の土地譲渡にかかる昭和五八年分の所得税についても、架空の債務を計上し虚偽の確定申告書を提出する等の不正の方法により所得税をほ脱することを認識していた以上、ほ脱税額の正確な数字を認識していなくても、共謀を認める妨げとなるものではない。論旨はいずれも理由がない。

弁護人関根幸三外二名連名の控訴趣意第三(その他の事由)について

所論は、原審裁判長は、被告人及び弁護人に対し、第一回公判期日において同人らが不同意の意思を有していた供述調書について、これに同意しなければ保釈をせず、また量刑上不利に取り扱うかのごとき態度を示して同意勧告し、もって不同意書面につき同意させ、その結果証拠として採用した書面を被告人に不利益な事実の認定及び量刑の資料としたものであり、このような勧告は被告人の持つ伝聞証拠の同意権を侵害するもので、実質的には訴訟手続の法令違反であって、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。しかしながら、刑訴法三七九条によれば、前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があってその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならないところ、このような事実の援用を欠くから、論旨は不適法である。

二  職権調査

弁護人関根幸三外二名連名の控訴趣意及び弁護人久保哲男の控訴趣意のうちその余の点(いずれも原判示第二の相続税法違反の事実についての事実誤認の主張及び量刑不当の主張)に対する検討に先立ち、職権をもって調査するに、原判決は判示第二の相続税法違反の事実につき、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。以下、その理由を説明する。

原判決は、判示第二の事実として、「分離前における原審相被告人青山吉彦は、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社広洋からの借入金二億円の債務の存在につき他の共同相続人から疑いを持たれたので、同債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、青山の課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、被告人は、青山、分離前における原審相被告人松崎繁昭、同亀山輝雄及び同上田徹と共謀のうえ、更に青山の相続税を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、青山が単独で負担することとなったうえ、右藤吉郎には上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を青山が負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると青山の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、亀山及び上田において、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「上田はんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したってや。」などと虚偽の事実を申し向け、もって不正の行為により右修正申告にかかる相続税額と右更正請求書記載の税額との差額(ただし、判示第一の相続税ほ脱罪と評価が重複する六五八一万七四〇〇円、判示第一の申告の際に相続税本税分として納付した四万三六〇〇円及び右修正申告の際に同じく納付した一万七四〇〇円を控除)九三六七万四九〇〇円を免れた」旨の事実を認定し、これに刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項を適用している。

すなわち、原判決は、原判示の修正申告後、被告人が青山、松崎、亀山、上田と共謀のうえ、青山の相続税を免れようと企て、内容虚偽の相続税の更正の請求書を税務署長あてに提出して相続税の減額更正を求めたという事実関係において、本件が相続税法六八条一項にいう「相続税を免れた」場合に該るとし、その理由を争点に対する判断の項において「このような場合には、青山において未納付の相続税につき、更正請求書において納税義務の存在を認める部分を越える税額について、これを納付しない態度を表明しているのであるから、法の期待する正しい納税義務を履行しない意思が確定的に表現されたものとして、税務署長による更正処分のいかんに拘わらず相続税ほ脱犯(既遂)が成立するものというべきである」と説明しているのである。

しかし、相続税法六八条一項は、偽りその他不正の行為により、相続税等を免れるという結果が発生した場合を処罰するものであるから、同条項違反の罪が成立するためには、単に納税義務者の相続税を納付しない意思が確定的に表明されているだけでは足りず、相続税を免れるという結果が発生していることを要するのである。もし、原判決のいうところが、納税義務者の相続税を納付しない意思が確定的に表明されることにより相続税を免れるという結果が発生するという趣旨であるとすれば、それは本件の場合にはあてはまらないというべきである。すなわち、本件のように当初申告又は修正申告によりいったん具体的租税債権の確定をみている場合については、更正請求自体によってはなんら右租税債権を減少又は消滅させる効果を生ぜず、税務署長の更正処分によって始めてそのような結果が発生するのであるから、このような場合については税務署長の更正処分があって始めて「相続税を免れる」結果が発生するものと解すべきである。しかるに、原判決は、修正申告によりいったん具体的租税債権の確定をみている場合につき、いまだ税務署長の更正処分もなされていないのに、相続税法六八条一項にいう「相続税を免れた」場合に当たるとしているのは、右法令の解釈・適用を謝ったものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三  破棄自判

右のように、原判決には判示第二の相続税法違反の事実につき判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるが、原判決は判示第一ないし第三の罪は刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして一個の刑を科しているから、原判決はその全部について破棄を免れない。

よって、その余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に被告事件について判決する。

(法令の適用)

原判決が認定した罪となるべき事実のうち判示第一の所為は刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項に、判示第三の所為は刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するので、所定の刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

(量刑の事情)

原判示第一の犯行は、被告人の姪の子である分離前の原審相被告人青山吉彦が相続税を不正に免れるため、被告人、分離前の原審相被告人海老原及び同森岡を通じて同岸及び同松崎の脱税請負グループと接触し、右の者らが共謀のうえ、相続税法一三条の規定を悪用し架空債務を計上して右青山の相続税を免れようと企て、虚偽の領収証や借用書をねつ造し、情を知らない税理士をして虚偽過少の相続税の申告をさせて青山の相続税九一五四万円余をほ脱したというものであり、原判示第三の犯行は、右青山吉彦から昭和五八年中に土地を譲渡したことに伴う長期譲渡所得税の脱税の相談を受けた被告人が、青山、松崎及び分離前の原審相被告人上田徹と共謀のうえ、右所得税を免れようと企て、所得税法六四条二項の規定を悪用し、架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために土地を譲渡し、かつその履行に伴う求償権の行使ができなくなったかの如く仮装するなどの方法により所得を秘匿したうえ、分離課税による長期譲渡所得金額は零になるからこれに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出して青山の土地売却にかかる長期譲渡所得税六〇六一万円余をほ脱したというものであり、ほ脱税額の合計は一億五二一五万円余という高額で、ほ脱率も原判示第一の犯行が約四八パーセント、原判示第三の犯行が土地の長期譲渡所得税については一〇〇パーセントと高く、犯行態様も計画的かつ巧妙でそれ自体悪質な事案であるというべきである。

被告人は青山吉彦の母菊池キヨの叔父であるが、青山から遺産分割の紛争の解決方法や相続税の軽減方法について相談を受けたことから、森岡及び海老原と相談のうえ青山に脱税を勧め、森岡、海老原を通じて青山を岸らの大阪の脱税請負グループに結びつけ、青山を岸の経営する株式会社広洋の事務室に同行したり、原判示第一の犯行で計上した架空債務の連帯保証人として名前を出したり、また上田らの同和団体との顔合わせの席に同席したり、青山に脱税報酬の支払を支持するなど本件において重要な役割を果たしているのである。

さらに、青山が脱税によって得る利益の総額は、本件外の更正請求の分を含めて約二億四五九〇万円であるのに対し、被告人、岸、松崎、森岡、海老原、上田らの共犯者が取得した報酬の合計額は約二億一六〇〇万円以上に上っているのであり、青山が負担した飲食費や交通費等の経費を考慮すると、本件犯行によって青山の利得するところはほとんどなかったことが窺われるのに対し、他の共犯者らはそれぞれ多額の報酬を得ているのであり、被告人も約三五〇〇万円を受領しているのである。このことは被告人らに対する量刑、とくに共犯者青山との刑の権衡を考えるにあたって看過できないところである。とくに被告人については、青山の実母の叔父という立場にあり、青山から相談相手として頼りにされている身にありながら、本件脱税によって青山が利得するところがほとんどないことを知悉しつつ、岸の側から二五〇〇万円の分け前を受け取っているのにそのことを秘し、海老原を介して青山側から直接更に一〇〇〇万円の報酬を受け取っていることをも考え合わせると、被告人の刑責は軽視することができない。

そうすると、本件脱税の方法を具体的に考え出したのは岸、松崎らであって被告人ではないこと、本件に関して受け取った報酬の三五〇〇万円全額を青山に返還していること、青山の延滞税、重加算税及び過少申告加算税の納付分及び予納分として合計四四〇六万四三〇〇円を同人名義で納付したこと、法律扶助協会等に合計一〇〇〇万円の贖罪寄附をしていること、その他にも平素から社会福祉施設等に寄附をしてきていること、被告人が反省悔悟していること及び被告人の年令等被告人に有利な諸事情を十分に考慮しても、被告人に対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、主文程度の実刑はやむを得ないと考えられる。

(一部無罪の理由)

被告人に対する本件公訴事実中詐欺未遂(主位的訴因)の点は「分離前の原審相被告人青山は、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社広洋からの借入金二億円の債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、青山の課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、被告人は、右青山、分離前における原審相被告人亀山輝雄、同上田徹、同松崎繁昭らと共謀の上、更に青山の右修正申告にかかる相続税の支払を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、青山が単独で負担することとなった上、右藤吉郎には上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を青山が負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると青山の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、亀山及び上田において、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「上田はんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定をだしたってや。」などと虚構の事実を申し向け、右剱持から報告を受けた前記大西をしてその旨誤信させて右請求どおりの更正を行わせて右修正申告にかかる相続税額との差額一億五九五五万三三〇〇円の支払いを免れようとしたが、同税務署長において右藤吉郎の債務の存在に疑念を抱き右請求に対する更正を留保したため、その目的を遂げなかった」というのであり、予備的訴因(相続税法違反)は、「分離前における原審相被告人青山は、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社広洋からの借入金二億円の債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、青山の課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、被告人は、青山、分離前における原審相被告人亀山輝雄、同上田徹及び同松崎繁昭らと共謀の上、更に、青山の右修正申告にかかる相続税の支払を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西哲夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は、共同相続人九名で均等に負担するのではなく、青山が単独で負担することとなった上、右藤吉郎には上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を右青山が負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると青山の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剱持哲司に対し、亀山及び上田において、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「上田はんはいろいろ事業をやってて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持ってますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したってや。」などと虚構の事実を申し向け、もって不正の行為により、右修正申告にかかる相続税額との差額一億五九五五万三三〇〇円の支払を免れたものである」というのであるが、原判決は主たる訴因である詐欺未遂の訴因を排斥し、前記相続税法違反の事実を認定しているところ、主たる訴因である詐欺未遂の訴因を排斥した原判決の判断は当裁判所もこれを是認することができる。そしてその理は、本件のようにいまだ「相続税を免れた」段階に至らないため、未遂犯処罰の規定を欠く相続税法によっては処罰することができない場合にあっても異なるところはないのである。すなわち、相続税法等の租税法の体系は、刑事についていえば、一般法である刑法の特別法をなすのであり、具体的な違法行為が税法の予定する犯罪類型に該当する限り、税法の適用を優先すべきであって、一般法たる刑法を適用すべきものではなく、さらに各種税法は、その犯罪類型を定めるにあたって、未遂犯処罰の要否を検討し、未遂犯処罰の必要なものについてはその旨の規定を設けており、相続税法に相続税ほ脱の未遂犯処罰の規定がないのは、その未遂罪は処罰しない趣旨であると解されるから、これを一般法たる刑法の詐欺未遂罪として処罰することは許されないのである。そうすると、主たる訴因は採用できず、予備的訴因については、前示のとおり、被告人の前記所為は、いまだ「相続税を免れた」ものとはいえず、相続税ほ脱の未遂にすぎないから、未遂犯処罰の規定を欠く相続税法によっては処罰することはできず、結局被告人の右所為は罪とならないから、刑訴法三三六条により主文四項のとおり被告人に対し無罪の言渡をする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 浅岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

被告人 清水文平

右の者に対する相続税法違反、詐欺未遂(予備的訴因相続税法違反)、所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記の通りである。

昭和六一年七月一五日

右弁護人 関根幸三

同 岡部光平

同 関根修一

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 「事実誤認」

原判決には事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 被告人の本件犯行における役割について

原判決は判示第二、第三の事実について被告人に共謀を認定し、弁護人らの共謀したことがないとの主張に対し『(争点に対する判断)』において、

<1> 「脱税工作の依頼を躊躇していた青山に対し、『大丈夫だよ、任せておけばいい』などと被告人が言った」(原判決七丁表一〇行目)

<2> 「判示第二記載の修正申告を行うよう指示すると共に、修正申告により新たに納税義務を認めることとなった相続税及び青山の土地譲渡に伴う昭和五八年分所得税の脱税についても改めて岸らに依頼することを計画し、その旨を青山に伝えると共に、右修正申告書の写しを海老原を介して松崎に送付させ、同人に対し、修正申告にかかる相続税の減額更正及び青山の土地譲渡にかかる昭和五八年分の所得税の脱税方を依頼した。」(原判決七丁裏八行目)

<3> 「同月二二日、被告人、青山、亀山、上田及び松崎らが、東京都町田市中町所在のレストラン「フォルクス」に一堂に会した席上、被告人らは松崎から架空債務を記載した金銭消費貸借契約証書を見せられ、同証書はその席で青山の父藤吉郎の実印を使用して完成された。」(原判決八丁裏九行目以下)

<4> 「右の者らは前記「『フォルクス』に戻ったが、その場において、被告人はかねて上田らに依頼していた青山の昭和五八年分の譲渡所得税の脱税に関する工作を再度上田に依頼し、」(原判決九丁表六行目)

との認定をし、その結果として、

「判示各犯行は、主に報酬の分配にあずかることを意図した被告人が、納税義務者たる青山を他の共犯者と結びつけ、かつ、被告人は遅くとも更正請求の当日、犯行における不正手段の具体的内容を告げられ、これを了承し、また、所得税申告においては、他の共犯者らが、不正手段によって申告することを認識・許容しつつ、被告人の長男を自己の代わりに申告直前の会合に出席させるなどして、その犯行を自己の行為として他の共犯者と共同して実行することを了承したことが認められる。以上のとおり被告人は、いずれも判示第二および第三で認定した他の共犯者と共謀のうえ、判示第二、第三の各罪を犯したと認めることができ、被告人の当公判廷における供述も右認定を左右するものではない。」(原判決一〇丁裏六行目以下)

との認定をしているが、その認定は、誤りである。すなわち、第二の公訴事実に関しては、被告人質問に対し、被告人が陳述しているように同月二二日、青山吉彦(以下青山という)、亀山輝雄(以下亀山という)、上田徹(以下上田という)及び松崎繁昭(以下松崎という)らが、東京都町田市中町所在のレストラン「フォルクス」に一堂に会した席に、被告人が居たことは確かであるが、過度の遠視である被告人は書類の内容は判断出来なかったものである点を無視しており、第三の事実についても、被告人質問に対し被告人が陳述しているように被告人は税金に関して無知であり、そのようなことを話すとは到底考えられないものである。

また、これらの事実認定の背景として証人青山の証言について

「したがって、ことさらに嘘を述べたものとは認められず、その他、所論の点を含めて検討しても同証人は概ね事実を率直に供述しているものと認められる。」(原判決一一丁表七行目以下)

との判断がある。

しかしながら、青山はその責任の全てを被告人に被せようとして証言しているものであって、この点は原判決も誤りであることを認めている被告人の収入に関する証言等からみても明らかである。

すなわち、青山は原審の公判廷において、一方で「被告人を訪ねた目的はあくまで、事業の相談であり、税金について特に相談に言ったわけではない。」と証言し、その証言を基礎づけるものとして「私の使命は親から受継いだ財産を維持することであり、延納で長くかかってもよいから税金を支払って、かつ、親から受継いだ財産(特に不動産)を手放さないことだけを考えていたのであり、特に税金の問題で困っていたわけではない」といった趣旨の証言をした。

これは、当時まだ自己に対する判決がなされていなかった青山においては、被告人を訪ねたときから一貫して被告人に税金は青山にとってそれ程大きな意味を持っておらず、被告人が積極的に脱税を勧めたという心証を裁判所に与えようとする訴訟戦術の一貫であった。

しかし、その証言に対し、弁護人においては、青山が延納して、かつ、財産を手放さないですむためには、それだけの財政的基礎が必要であり、青山の当時の年収では、到底、一五年等の延納を完済することは不可能であることに気づき、その点につき、証言を求めたところ、自己の収入を約倍の毎月二〇〇万円程度、年収として二四〇〇万円程度と証言したものであり(正しい年収入である約一二〇〇万円では到底延納でも税金を支払うことはできないが、年収二四〇〇万円であれば、それに対する所得税を無視すれば、延納も不可能ではない。)、その証言の意図が自己の「私の使命は親から受継いだ財産を維持することであり、延納でも長くかかってもよいから税金を支払って、かつ、親から受継いだ財産(特に不動産)を手放さないことを考えていた」との青山の意図が実現可能であることを印象づけ、その証言を維持することは明らかであり、これは、明確な嘘であり、かつ、「ことさらの嘘である」ことは明らかである。

しかも、この証言は他方において、青山が被告人の関知しないところで不動産売買を決定し、その譲渡税の脱税も依頼した結果、報酬が二億円と内定したのに対し、あくまで、不動産売買の意思はもともとなかったとして、その点についても被告人の関与を印象づけ、さも、自分は脱税額(相続税は原判決の認定では約一億八五〇〇万円、譲渡所得税を加算すると約二億四五〇〇万円)よりも多額の報酬(金額合計二億二五〇〇万円)が支払うとの約束を被告人が要求したこととして、実質的には被害者であるという構図を印象づけようとするものであり、極めて緻密な計算が働いていたものである。

このように、青山の証言はこのように青山は自分の立場をきちんと理解し、自分に不利な証言をしないよう慎重に計算し、判断して証言しているのであり、この事は、青山の証言の証明力を減殺すると同時に、青山がそのような判断力を有し、原審が暗黙のうちに前提としている青山は若くて判断力がないから、被告人が中心となって本件犯行は計画された筈であるとの理解が誤りである点に重大な影響を及ぼすものである。

そして、この青山の証言の信憑性が極めて疑わしい事は、弁論においても指摘しているように昭和五八年八月二三日という申告書の直前の極めて多忙と認められる時期に、しかも、泊まりがけでわざわざ大阪にいっているのに、その用件は、税金のことで行ったわけではないと証言している点からも明らかである。

更に、青山は原審において、全て、被告人の指示に従って行動をしていた旨を述べているが、これも事実に反する。被告人が当初青山を大阪方に会わせたものの、その後は青山と大阪方で打ち合わせのうえ行為していたものである。

そのことは、松崎が一七、八回にわたり、上京していることからも充分認められる。なぜなら、被告人が本件関係者に会ったのは、第一回の大阪に行った時、第二回の帝国ホテル、第三回の修正申告のときにすぎない。とすると、あとの一〇回以上については青山と松崎らが会合していたことも充分推認させるものであり、この点からも青山の陳述については信憑性が認められない。(松崎の公判調書九丁表)

また、青山は被告人を信用していた旨の陳述があるが、菊地キヨに至っては後日のための証拠写真を残しておいたり、念書を取っていたことからみても、青山の言う如く被告人を充分に信用していたとは認められない。ただ、自己の計算に基づいて有利と判断したからこそ行動してものであり、被告人を信用し、その指示に従って行動していたものでなかったこともまた明らかであり、この点からも青山の陳述は信用しがたい。

しかるに、原審はこの点についての判断を誤った結果、青山の証言を信用し、前記したような

<1> 「脱税工作の依頼を躊躇していた青山に対し、『大丈夫だよ、任せておけばいい』などと被告人が言った」(原判決七丁表一〇行目)

<2> 「判示第二記載の修正申告を行うよう指示すると共に、修正申告により新たに納税義務を認めることとなった相続税及び青山の土地譲渡に伴う昭和五八年分所得税の脱税についても改めて岸らに依頼することを計画し、その旨を青山に伝えると共に、右修正申告書の写しを海老原を介して松崎に送付させ、同人に対し、修正申告にかかる相続税の減額更正及び青山の土地譲渡にかかる昭和五八年分の脱税方を依頼した。」(原判決七丁裏八行目)

<3> 同月二二日、被告人、青山、亀山、上田及び松崎らが、東京都町田市中町所在のレストラン「フォルクス」に一堂に会した席上、被告人らは松崎から架空債務を記載した金銭消費貸借契約証書を見せられ、同証書はその席で青山の父藤吉郎の実印を使用して完成された。」(原判決八丁裏九行目以下)

<4> 「右の者らは前記「『フォルクス』に戻ったが、その場において、被告人はかねて上田らに依頼していた青山の昭和五八年分の譲渡取得税の脱税に関する工作を再度上田に依頼し、」(原判決九丁表六行目)等との認定をし、その結果、判示第二、第三の事実に対する関与を認定したものであって、この点において、明確な事実誤認が存在し、それは判示第二、第三の公訴事実の認定が誤りであることを物語るものであり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 量刑不当

原判決は量刑において不当である。

原判決には前記したような事実誤認があるが、仮に右事実誤認であるとの弁護人の主張が採用されないとしても、原判決は量刑において不当である。

1 第一に原判決は被告人の反省、そして、特に重加算税、延滞税の代位弁済の事実を無視しており、不当である。

すなわち、弁論においても詳しく指摘してあるが、本件においては、被告人が青山の脱税についてその端緒を与えたことは否定できず、また、多額の報酬を取得している点においても、その責任は決して軽いものとはいえない。しかし、被告人の反省の情は顕著であり、その結果、青山に金三五〇〇万円を直ちに返還したうえ、更に延滞税、加算税を青山の依頼はなかったものの四四〇〇万円を超える金額を納付、予納している。

また、贖罪の意味で金一〇〇〇万円を神奈川県法律扶助協会、神奈川県交通遺児援護基金等に寄付している。

ところが、原審はこのような被告人の反省の情を全く考慮したものとはいえないものである。

すなわち、本件においては多数の共犯者がおり、しかも、青山を除いて全員が多額の報酬を取得しており、中にはその報酬を青山に返還していないものもいる。また、岸廣文(以下岸という)、松崎、森岡洋(以下森岡という)らは、他に同様の犯行を行っており、また、本件犯行の手口を青山らに教授したものとして、その責任は被告人より重大なものである。ところが、被告人に対する量刑はこれらの共犯者の中でも最高であり、前記した被告人の反省を全く考慮していないものである。

しかも、財産犯においては、一般に、裁判所は被害の回復を第一に考えるのであり、弁護人の第一の任務もそうした被害回復の為の示談交渉にあたるのは周知の事実である。

窃盗犯等において国選弁護人となったものは、何とか被害弁償をするために親戚の人に援助してもらう等して、被害弁償をし、それをもって、何とか執行猶予の判決を得ようとしているのが、現実である。この被害弁償というものが、量刑においてどのような根拠で有利の事情として判断されるかについては刑事法上いろいろな説明がなされているが、一方で財産犯の目的である財産に対する保護を事後的にでも果たし、また、弁償行為に被告人の反省の情を認め、これを有利に判断するというのが、実質的に見た場合の被害弁償の意味であると思われる。

そして、本件においても、後記の図に示されているように原審は全く被告人の反省の情、および、被害回復という事情を考慮していないものと言わざるを得ない。特に、重加算税、延滞税については、その金額は約四四〇〇万円と多額であり、被告人青山の罰金よりも九〇〇万円も多いのであり、それは被告人にとって見ても、簡単に出来るというものではなく、単純経済的に考えてみれば、一年の懲役による経済的不利益よりも多額のものとすら言えるのであり、このような行為をするに当たっては被告人としても家族の協力の下に初めて為しえたものである。

しかし、本件では前記のように被害弁償は全く判断の基礎とされていないと言わざるをえない。これでは、脱税事件の共犯者の、重加算税等の代位弁済は、無駄であるとして、代位弁済を勧めないのが、弁護人のあるべき姿ということになってしまう。しかし、仮に青山について資産がある程度あるとはいえ、四四〇〇万円もの重加算税、延納税についての国の徴収行為それ自体は、それ程簡単でない(例えば、不動産の強制競売を考えれば、鑑定評価等により一年以上かかるのが普通であり、しかも、数〇〇〇万円以上の高額物件についてはそれ以上かかることも稀ではない)。

その点から見れば、被告人の支払は実質的な被害弁償であり、こうした行為をしても無駄であると言わざを得ないような量刑慣行ができあがることは、国の徴収権を保護するという租税法の趣旨を没却するものと言わざるを得ない。

因みに、他の共犯者の量刑に対比して被告人に対する量刑を示してみれば次のとおりとなる。

<省略>

右に記したところから見ても明らかなように、被告人は反省の情を示すために最も多くの努力を払っているのである。特に重加算税、延滞税の支払は、税法違反が財産犯であるという事実を下に考えれば、実質的には、青山の本税の支払(但し、後述するようにこの点については問題がある)とともにその被害を回復したものというべきである。

2 第二に以上の点とも相当に重なる部分ではあるが、原審の量刑は、青山吉彦に対する判決との関係において著しく不当である。

原審は、青山吉彦に対する判決理由の量刑の理由として青山吉彦は修正申告のうえ各本税を完納のうえ各本税を完納したこと、および、重加算税についても近く完納予定であること等を重要な根拠としているものと認められる。しかしながら、重加算税については青山吉彦の判決の前に被告人が青山吉彦に代わって納付し、全額納付済みであり、右書類は被告人の三月六日の公判期日において提出済である。確かに一応、青山吉彦と被告人の公判は分離されているところから、青山吉彦の公判において証拠とすることができないことなどあることも考えられるが、既に被告人において全額納付済みであるのに、青山吉彦が納付するかの如く表示されており、極めて不思議なものと言わざるを得ない。

すなわち、仮に右納付を量刑の理由とするならば、「重加算税については分離前相被告人清水文平が青山吉彦に代わって納付することが明らかである。」と表示すべきであり、第三者が代わって納付したのに、青山吉彦自ら納付するかの如く表示されているものである。

次に原判決は青山吉彦が本税を完納していることを量刑の理由としているが、青山吉彦所有の不動産には現在税務署長の相続税延納のための担保権が設定されており、右抵当権は昭和六一年五月二一日現在抹消されていない。このことは、青山吉彦の相続税は未だ完納されていなく、延納中であると認められる。

とすると、青山吉彦は本件事件後、被告人および岸、松崎等から返還を受けた金員については金額納付せず延納を続けていることが明らかである。

そもそも、量刑は各被告人につき犯罪行為そのものの外、犯罪後の状況として被害回復の状況、反省の程度などから判定されるべきものである。

しかるに、本件において被告人の犯行状況そのものについては充分責められるべきものがあるとしても、その後の反省の状況、また、六五才という老人であり、三五年間も間違いなく暮らしてきたものであること、青山吉彦のために多額の経済的負担をしていること等を合わせ考えると、相被告人から滞納税額相当の金員の返還を受けていながら、これを納付せず、延納している青山吉彦と対比した場合、青山吉彦を執行猶予としながら被告人に対し、実刑判決を言い渡したことは著しく刑の均衡を欠いたものと言わざるを得ない。

特に青山吉彦の判決が税を完納したことを理由の一つとしていると認められるところから、その感を大にするものである。

第三 〔その他の事由〕

被告人が全ての書証に同意したのは次の如き経緯によるものであり、実質的にみれば訴訟手続きの法令違反があったとも、言えるのである。

一 供述録取書の同意勧告について

1 (訴訟手続きの問題)

原審裁判官は、被告人及び弁護人に対し、第一回公判期日において同人らが、不同意の意思を有していた供述録取書について、これに同意をしなければ保釈をせず、また、量刑上不利に取り扱うかのごとき態度を示して同意勧告し、もって、不同意書面につき同意させ、その結果において証拠として採用した書面を被告人に不利益な事実の認定並びに量刑の資料としたものであり、そのような勧告は被告人の持つ伝聞証拠に対する同意権を侵害するもので、その結果は判決に影響を及ぼすべきことが明らかである。

2 (当該書面について被告人および弁護人が不同意の意思を持っていた理由)

本被告事件の公訴事実第一ないし第三まではいずれも被告人が、分離前相被告人青山、並びに相被告人岸、同松崎、同和森岡、同海老原洪殖(以下海老原という)らと共謀のうえ、青山の相続税、所得税を免れさせる目的をもって、架空債務を計上した相続税申告書等を提出し、相続税、所得税を免れたというものである。

そして、被告人は、起訴状第一の公訴事実においては、これを認めているものの第二、第三については、その趣旨において否認を有していたものである。それゆえ、この事実認定について、また、(被告人について仮に公訴事実第二、第三が認められるにしても)、本件における被告人の量刑を考えるにあたっては、本件犯行に対する関与の態様が非常に重要な意味を持つものであった。

ところが、本件では、青山の相続税法、所得税法違反の申告そのものについては、客観的証拠が存在するものの、被告人らの関与の仕方については、客観的な証拠がほとんどなく、その認定は共犯者らの供述録取書に頼ることが予想された。そして、例えば、

<1> 本件を積極的に行なうとしていたのが青山であるのか、それとも、被告人であるのか。

特に、原判決七丁表一〇行目に記載されているような「脱税工作の依頼を躊躇していた青山に対し、『大丈夫だよ、任せておけばいい』などと被告人がいったのか」否か。

<2> 公訴事実第二、第三に関して具体的な実行方法の指示、計画について被告人が関与していたのか否か。

特に、原判決七丁裏八行目に記載されている「判示第二記載の修正申告を行うよう指示すると共に、修正申告により新たに納税義務を認めることとなった相続税及び青山の土地譲渡に伴う昭和五八年分所得税の脱税についても改めて岸らに依頼することを計画し、その旨を青山に伝えると共に、右修正申告書の写しを海老原を介して松崎に送付させ、同人に対し、修正申告にかかる相続税の減額更正及び青山の土地譲渡にかかる昭和五八年分の所得税の脱税方を依頼した。」等はいう事実があるのか否か

等については右供述録取書の記載について多大な疑義があった。

そして、本件においては青山は自らが若年であることであることから、それを理由にその責任を全て被告人に押しつけようとの意図を有していたことから、その供述は全て、本件犯行が被告人の指示及びその積極的働きかけによるものとの趣旨において一貫していたのである。これは、青山が真実は政治家の秘書をしていた者として、かけひき、あるいは、交渉ごとを自分でできる能力を有していたものであり、自らが積極的に脱税依頼をしたものであり、具体的な実行方法、特に公訴事実第二、第三の事実は松崎、海老原らと自ら直接交渉して決定したものであるという弁護人らが知りえた事実と著しい差異があった。

しかしながら、本件においては、被告人は逮捕された当初、検察官より大阪の脱税グループと同一視されており(新聞報道等においても脱税の請負グループとして報道されていた)、他にも同様な事件に加担していると見られていたため、取り調べに当たっても、被告人に対しては厳しい追及がなされ、青山の言ったことと違ったことを言えば、それは嘘であるだろうとの先入観において、録取書が取られていた。また、海老原、松崎らに対しても、青山吉彦の供述に併せた形で録取書が取られていたのである。また、被告人においては、拘留され、人と話ができないことに対し、病的な程の極度の不安感を有しており、その為、取り調べ官に迎合する態度を示していたことも、このような録取が行われた理由の一つであった。

そこで、弁護人らはこれらの録取書のうち、このような点で疑義が存在するものについて、その部分を具体的に明示したうえで、第一回公判期日において、不同意とし、供述者を証人として召喚し、第一に青山については、証人として弾劾し、松崎、海老原らとの供述を対比させ、その矛盾をつき、第二に、松崎、海老原については取り調べの状況、またそれ以外の客観的証拠から青山の証言、あるいは、供述録取書段階における松崎、海老原らの供述と対比させることにより、真実を解明し、適正な判断を得ようとの訴訟進行を計画していた。

3 (同意するにいたった事情)

このような、訴訟進行計画の下において、第一回公判期日において、弁護人は問題となる部分について証拠に対する意見として不同意であるとの意思表示をした。

しかしながら、ここで問題となったのは、被告人の保釈である。前記したように被告人は拘留による人と話のできない状態に対し、病的な程の不安感を有しており、弁護人としてもできるだけ早い段階で保釈をしてもらうという強い希望を被告人から表明されていた。しかし、第一回公判期日前の保釈請求は却下されたため、第一回公判期日後、ただちに、保釈請求を原審に対してなした。ところが、他の被告人の保釈請求に対してはこれを認められたものの、被告人の保釈請求については、認められなかった。

そこで、弁護人の岡部は、保釈面接において、原審裁判長に保釈面接したところ、同裁判長より、被告人につき「大阪方とは違うと見ている。」との趣旨の話があった。そのため、弁護人としては大阪方とは違うものと見てくれているのであれば、あえて、大阪方の者を証人として取り調べる必要もないと判断し同意したものである。前記したように、この時点で大阪方というのは脱税請負人グループという報道がなされ、これについては厳しい判断が予想されていたのに対し、裁判長が大阪方とは違うといえば、あえて大阪方の者を証人として取り調べる必要もないと判断してもまた止むを得ないものと認められる。

しかも、弁護人らにおいては、一方で細かな点まで含めた真実解明の為に徹底的に争うべきであるという考えと、却って、それは量刑上不利益であるという考え方が対立しており、また、前記保釈についての被告人の強い希望と共に、この同意、不同意問題は一番の懸案事項であった。

ところが、このような同意勧告として受け取られることも止むをえないニュアンスの発言があったため、被告人の一番の希望である保釈および執行猶予の判決を得る為には若干(ここでいう若干とは、仮に予想された執行猶予の判決を得られればという意味で若干であり、実際にでた原審判決の中においては非常に重大な意味を持つものである。)の事には目をつぶらざるを得ない。この不同意を続けている事によって反省が充分でないとの理由で量刑上の不利益がおきることは到底耐えられないとの被告人らとの打ち合わせの下に同意をしたものである。

4 (判決への影響)

しかるに、原判決においては、前記した争点に対する判断の部分(七丁表一〇行目以下並びに同裏八行目以下)等において明確なように、被告人が青山を積極的に唆し、また、第二、第三の事実の、具体的な指示についてまで関与していると認定しており、更に、量刑の事情においても同二一丁表八行目以下においても「未だ若年の青山が被告人を信頼しているのに乗じ、青山に対し、脱税を勧めるに至ったものである。」とか同裏四行目以下「脱税の仲介手数料を多くしたいとの動機から」等、青山吉彦並びに松崎、海老原らの調書の不同意部分を重要な証拠として事実認定の基礎としていることは明らかであり、判決への影響は明らかである。

第四 「再犯の可能性」

被告人は現在、既に六五才の高齢者であり、何十年という間全くトラブルらしきものを起こさずに過ごして来た善良な市民である。

たまたま、姉から頼まれたことから軽率にも本件犯行に加担してしまったものであり、その点深く反省していることが充分認められる。しかも、前記したように、被告人は拘留により人と話せない状況について病的な不安感を持っており、これまでの拘留に、よって、十二分に反省しており、本被告事件係属中は仕事も手につかない程である。

したがって、被告人が再び、本件犯行はもとより刑事事件によって、問題にされるべき行為に走ることは全く考えられない。

よって、被告人については再犯のおそれは全くない。

このような事情の下にいて、被告人に対して特に実刑判決を科する理由は全くないものと認められる。

以上

昭和六二年(う)第七六〇号

○控訴趣意書

被告人 清水文平

右者に対する相続税法違反、詐欺未遂(予備的訴因相続法違反)、所得税法違反被告事件について昭和六二年四月一一日東京地方裁判所刑事第二五部が言渡した判決に対し、控訴の申立をした趣意は左記のとおりにつき陳述する。

昭和六一年七月一六日

右被告人の弁護人

弁護士 久保哲男

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一点 (事実誤認)

原判決には事実の誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 判示第二事実について

第二判示事実は要約すると

「被告人は青山、松崎、亀山、上田と共謀の上、昭和五八年一二月二二日、町田税務署において、同税務署長に対し、内容虚偽の相続税の更正請求書を提出して、九、三六七万四、九〇〇円の相続税を免れた」

と言うものであって、右相続税のほ脱につき被告人が正犯者の一人である旨認定しているのであるが、これは事実の誤認であって、被告人は九、三六七万四、九〇〇円のほ脱についてはこれを正確に認識していなかったのである。

このことは原判決引用の被告人の昭和六〇年一〇月七日付検察官に対する供述調書第一四項にも

「この日(昭和五八年一二月二二日)、同和の人達が町田税務署に書類を出すということで松崎が持って来ていた鞄の中から書類を出してテーブルの上に出しました。要するにこれまでと同じように架空債務の書類を作ってこれを税務署に他の書類と共に提出し、

藤吉郎さんにはまだこれだけの債務がありましたので、これまでの税額計算は間違っているので訂正して下さい。

というようなことを言って何も知らない税務署員を信じ込ませて税計算をやり直させ、税金の支払いを免れるという方法でした。こうした書類は全て大阪の方で作って来ていたのです。」

との記載があり、ついで同調書第一六項には、

「フォルクスで税務署へ出す書類の説明が終った後と思いますが、あるいはその前であったかも知れませんが、いずれにしても、確か吉彦が二、〇〇〇万円工面すると言うことでフォルクスから出て銀行に出かけて行きました。そして間もなく現金を入れた紙袋を持って来てキヨにその紙袋を渡していたように思います。その後、書類を税務署へ持って行くと行って亀山、上田ほか数名の同和の人達とキヨが一緒に紙袋を持ってフォルクスを出て行きました。」

との記載があるが、この記載によっても明らかであるように被告人が判示の如く

「真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、青山が単独で負担することになったうえ、右藤吉郎には右上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五、〇〇〇万円を青山が負担すべきこととなったので、これら借入金合計四億五、〇〇〇万円を控除すると青山の課税価格は一、三九九万五、〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七、七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書」

を提出して

「右修正申告にかかる相続税額と右更正請求書記載の税額との差額九、三六七万四、九〇〇円をほ脱すること」

を認識していたとの具体的な記載はないのであるから、被告人の立場は共同正犯の正犯ではなく、むしろ従属的な立場にあったと言うべきであり、これに加えて、被告人が判示第一事実の犯行を上田、亀山等に依頼したときに、被告人は同人等に対し単に相続税につきこれが安くなるよう「よろしくお願いします」と抽象的に述べたに止まっている等の事情を考え併せると、前記被告人の昭和六〇年一〇月七日付の検察官に対する供述調書の記載をもって直ちに共謀共同正犯の共謀を断定することは極めて危険であると言わなければならない。

してみれば、本件につき被告人が取った行動は正犯としての行動ではなく、正犯者に従属した行動、言葉をかえて言えば黒でなく灰色の行動であったと言わざるを得ず、従ってこれを黒すなわち正犯者と認定した原判決には事実の誤認があるものと思料される。

二 判示第三事実について

判示第三事実はこれを要約すると、

「被告人は青山、上田、松崎と共謀の上、昭和五九年三月一三日町田税務署において、同税務署長に対し内容虚偽の所得税確定申告書を提出して六、〇六二万七、七〇〇円の所得税を免れた」

と言うものであって、この点についても判示第二事実と同様、右所得税の逋脱につき被告人も正犯者の一人である旨認定しているのであるが、これも事実の誤認であって、右六、〇六一万七、七〇〇円の逋脱については被告人はこれを正確に認識していなかったものである。このことは、原判決引用の被告人の昭和六〇年一〇月七日付検察官に対する供述調書第一七項に、

(昭和五八年一二月二二日)

「松崎は亀山や上田に、どうも御苦労様でした。あとは所得税の件よろしくお願いしますよ。

と確認の意味で言っておりました。上田が判ってます、というようにうなづいておりました。松崎が促したかどうか覚えておりませんが、上田が何かにメモ書のようにして書いてキヨに渡している記憶があります。私も上田と亀山に、御苦労様でした。今後もひとつよろしくお願いします。と言って所得税の件をあらためて頼んだのです。上田も亀山も、判りましたと言ってくれたのです。」

との記載があって、判示第三事実の犯行を教唆したとも見られる記載があるが、犯行の日時・場所・方法等につきこれを共謀したとの記載がなく、その後(昭和五八年一二月二二日以後)の被告人の行動を見ても、被告人が判示第三事実の犯行につき自ら積極的に関与したと認定するに足る証拠はなく、原審第一三回公判における被告人供述調書にも、

「三月一三日か一五日、翌年のですね。所得税の申告の時にあなたは利文君を代りにやっておりますね。

はい。

何のためにやったんですか。

大阪から人が出てくるんで車を出してくれと利文が言ってきたんで、じゃ、行って来なさい、と言いま

した。

それは先方から車を出してくれと言われたんですか。

はい。

当時あなたは自分のところの店を改造するんで忙しくて手が放せないということでしたね。

はい。

それで、その所得税の申告について架空の債務を作っている恰好になっているんですが、その辺はあなた知っていたんですか。知らないんですか。

知りません。」

との記載があって、被告人が判示第三事実につき、これに具体的に関与した証拠はなく、抽象的には関与した疑いは濃厚であるが、これを決定づける証拠を欠くと言わねばならない。

してみると、判示第三事実についても、被告人の立場は灰色の域を出ていないと思料されるので、これを黒と断定した原審判決には事実の誤認があるものと思料される。

第二点 (量刑不当)

原判決には既述のように一部について事実の誤認があるが、仮に右主張が採用されないとしても、被告人自身はその責任を自覚して反省謹慎しているところであって、つぎの諸事情を被告人のために有利に斟酌すれば、なお一層酌量の余地があり、右科刑は刑の執行を猶予しなかった点において、量刑重きに失すると考えるので、控訴審にて御審案のうえ、原判決を破棄し、被告人に対し刑の執行を猶予した御寛大な御裁判を賜りたいのである。

一 犯行の動機について

被告人は本件の納税義務者青山吉彦の実母菊地キヨの叔父であるが、昭和五八年二月二七日右吉彦の実父青山藤吉郎が死亡した後、青山吉彦及びその実妹青山章子(当時高校生)と藤吉郎の先妻側の相続人との間で遺産分割の紛争が生じた際、キヨ及び吉彦から遺産をめぐる紛争の解決方法や相続した財産の有効な利用方法等につき相談されたとき、「税金が約二億円くらいになるので安くする方法はありませんか」と相談を持ちかけられたことが本件犯行の動機になったものであって、被告人がいわゆる事件屋として本件にかかわりあいを持つに至ったものではないこと。

二 被告人が本件犯行について、これに関与した役割について

被告人は日頃から税金問題については全くと言ってよい程知識がなかった。それ故に吉彦から税金の相談を持ちかけられたときにも、税に詳しい大阪の人達にこれを紹介し、税を安くする方法を依頼し、その後は吉彦と大阪の人達との間の連絡をする役割をしただけであって、いわば従属的な役割しか演じていなかったこと。

三 多額の報酬を受け取ったことについて

被告人は本件犯行に加担した結果、森岡を介して二、五〇〇万円、海老原を介して一、〇〇〇万円の報酬を受け取っているが、前者は被告人が積極的に要求したものではないこと。

四 犯行後は深く反省し、その全額を返還していること。

五 また、犯行後は自発的に吉彦名義で延滞税、重加算税及び過少申告加算税の納付分、予納分として合計四、四〇六万四、三〇〇円を納付したこと、これによって吉彦の本税の支払いとともに本件の被害は全面的に回復していること。

六 贖罪寄付金として一、〇〇〇万円を神奈川県法律扶助協会、神奈川県交通遺児援護基金等にしていること。

七 被告人は前科があるが、それは昭和二五年のことであって、判決確定後既に三五年以上経過し、その間被告人は善良な市民としての生活をしていたこと。

八 年齢も六五歳に達し、再犯の虞れもないこと。

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